物流業界でESG経営が進まない理由とその解決策~E(環境)編~
物流業界でも「ESG経営」に取り組むニーズが高まっていますが、他業界に比べると、実行できている企業はあまり多くないようです。今回は、ESGの「E(環境)」の部分にフォーカスして、 物流業界でESG経営が進まない理由を3つご紹介します。
目次
ESG経営の現状
昨今、気候変動やサプライチェーン上での人権配慮に関する世界的関心が高まっており、環境・社会・ガバナンスに配慮した経営を行っている企業を重視して投資する「ESG投資」の投資規模が年々増加しています。製造業や小売業ではESG経営の先進的な取り組みが実施されていますが、物流業界ではESG経営が進んでいる企業は多くはないというのが現状です。
ESGとは?なぜESGが求められるのか
改めて、ESGとは何を意味するのでしょうか。
内閣府によると、ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス(企業統治))を考慮した投資活動や経緯・事業活動を指します。当初は企業の財務状況に加えて環境および社会への配慮、企業統治の向上等の情報を加味し、中長期的なリターンを目指す投資活動から始まった概念ですが、昨今では企業経営においてもESGに配慮する傾向(ESG経営)が高まっています(注1)
GSIA(Global Sustainable Investment Alliance)の報告書によると、2020年年初に、世界のサステナブル投資は主要5市場で35.3兆米ドルに達し、過去2年間(2018年~2020年)で15%増加しています。(注2)日本においても、コーポレートガバナンス・コード(東京証券取引所が発表する上場企業が従うべき規則・行動原則)を改定し、プライム・スタンダート市場で気候変動の取り組みおよび情報開示が要請されるなど、企業においてESGに配慮した企業経営が求められる時代になってきています。
物流業界も例外ではなく、荷主企業・物流企業双方においてESGに取り組む必要性は高まっています。
荷主企業においては、投資家からの要請や情報開示に対応するため、ESGの取り組みを投資家や政府、消費者に報告する必要があります。対して物流企業視点では、EV車の導入などESGに取り組むことで同業他社と差別化することができます。
物流業界でESGの取り組みが進まない理由
上記の通り、業界としてESGに取り組むニーズは高まっているにもかかわらず、なぜ物流業界(もしくは荷主企業の物流部門)では取り組みが進まないのでしょうか。今回は、ESGの「E(環境)」の部分にフォーカスして、 考えられる理由を3つご紹介します。
- ①物流のブラックボックス化
第一に、荷主企業が、自社の物流の現状を把握できていない場合があることことが理由として挙げられます。 なぜ自社の物流の把握とESGの取り組みに関係があるのでしょうか。一つの例として、CO2排出量の可視化についてです。CO2排出量を可視化するには、最低限、自社の輸送量・輸送モード・輸送頻度・輸送距離などの情報を把握する必要があります。自社の物流を管理できている企業は問題ありませんが、そうでない企業は、まずは自社の物流においてESG経営で解決すべきポイントはどこにあるのか?という視点で、物流を可視化していく必要があります。
- ②費用の高さ
第二に、物流業界のESG経営を阻害する要因の一つとして、費用の高さが挙げられます。例えば物流企業ができるESGへの取り組み事例として、EV車の導入による環境負荷軽減策や、CO2排出量を可視化するセンサーを車両に取り付けることなどが挙げられますが、いずれも高額な投資が必要となります。荷主企業に対する運賃値上げが進まず、自社の経営すら困難な状況では、ESGの重要性が分かっていても物流企業におけるESG経営の優先順位は上がりにくいというのが現状です。
荷主企業においても同様の問題に直面していると考えられます。例えばCO2排出量削減の観点から長距離でのトラック輸送から内航船によるモーダルシフトへの移行を検討している企業では、トラック輸送の便利さと速さに慣れてしまい、内航船のリードタイムによるサービスレベルの低下から、結局トラック輸送に戻ってしまうことがあります。荷主企業の物流部の場合は、社内で物流面におけるESG経営のための費用を承認してもらえるか(≒物流費引上げの社内承認)がESG経営の大前提となりますが、商品価格の安さが同業他社との差別化要素となっている業界の場合、競争の観点から原資の確保(物流費増加による商品値上げ)が難しいと感じる場合が多いようです。
- ③データ収集の難しさ
最後の問題は、信頼性のあるデータの収集が難しいということです。物流業界では従来トンキロ法でCO2排出量を可視化する方法が採用されています。しかし環境省は大企業に対し、2024年3月以降、スコープ3(間接排出)では一次データ(現場で測定した実測値)を使用してCO2排出量を算定する方針を推奨すると発表しています。しかしCO2排出量を正確に計測するには車両にセンサーの設置等が必要になりますが、上記の通り投資に必要な費用を捻出できず、正確なデータを回収することは困難な状況にあります。
その他にも、物流会社とのやりとりが煩雑でデータ収集に時間がかかる、ESGに関する知識が不足しているために物流会社へ依頼するにも適切な対応ができないといった技術的な課題も見受けられます。このように信頼性のないデータに基づいて企業評価を行うことにより、最悪の場合は「グリーンウォッシュ」(実際には環境に十分配慮していない商品やブランドについて、パッケージやPRなどを通じて「エコ」「環境にやさしい」といった誤った印象を与える行為のこと)の懸念も考えられます。
どのようにESG経営を進めるか
上記の阻害要因に対し、物流分野でESGを推進していくためには、以下の取り組みが考えられます
①自社の物流の把握・客観的評価(荷主企業)
自社の物流がブラックボックス化している企業は、自社の物流に関する基本的な情報を把握する必要があります。まずは、自社の物流を物流フローに落とし込み、川上から川下までどのような流れで物が流れているか可視化することです。そして、自社の物流活動の中で発生しているCO2排出量を可視化することです。そのためには、CO2排出量算出に必要なデータ項目を蓄積していくことです。蓄積したデータを使用してCO2排出量を試算します。ESG目標に対する自社の物流の現在地を把握することがESG経営の第一ステップとなります。
②ESGの取り組みに必要なデータの蓄積
ESG経営のために蓄積すべきデータとは何でしょうか。CO2排出量可視化の視点では、採用する算定方法によって必要となるデータは異なります。例えば燃料法(燃料使用量からエネルギー使用量を算定する方法)の場合は燃料使用量、燃費法(燃費と輸送距離からエネルギー使用量を算定する方法)の場合は稼働便数、拠点間の輸送距離および燃費、トンキロ法(積載率と車両の燃料種類、最大積載量別の輸送トンキロからエネルギー使用量を算定する方法)の場合は貨物重量と輸送距離等のデータを把握する必要があります。
また、複数の荷主が物流会社の倉庫を共有している場合には、委託費用や倉庫の使用面積、保管量等も把握することで荷主別の按分を行います。
③物流に対する社内理解向上
物流面のESGの取り組みは企業全体としてのESGの取り組みからすると影響としては大きくないため、あまり重要視されていない恐れがあります。しかし、物流企業へ物流を委託するにあたり、荷主企業から物流企業にとって不当な条件で指示をしたり、不利益につながるような行為になっていたりしないか、改めて見直す必要があります。環境面においては、前述のとおり、これまで便利で融通の利いたトラック輸送にこだわることなく、環境面も含めトラックドライバ―不足などの観点からも、輸送モードの見直しが求められます。社内での理解が得られないために物流費の増加に踏み切れない企業も多く見受けられます。物流業界の状況を研修や社内向けのニュースレターで発信しで理解してもらうなど、物流に対する認知を向上させる取り組みが必要です。
まとめ
ここまでお伝えした通り、物流業界においてESG経営(特に環境に配慮した取り組み)を推進するには経済的にも時間的にも相応のコストがかかります。しかし企業に社会課題への貢献を求める世界的潮流を鑑みると、ESG経営にいち早くシフトすることが同業他社との差別化要因となっていくと予想されます。ぜひ本稿をきっかけに自社のESG経営について考えていただければ幸いです。
参考文献
注1:内閣府「ESGの概要」
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/tyosa/r02kokusai/h2_02_01.html#:~:text=%EF%BC%A5%EF%BC%B3%EF%BC%A7%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81Environment%EF%BC%88%E7%92%B0%E5%A2%83,%E7%B5%8C%E5%96%B6%E3%83%BB%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%82%92%E6%8C%87%E3%81%99%E3%80%82
注2:Global Sustainable Investment Alliance「Global Sustainable Investment Review 2020(グローバル・サステナブル投資白書2020)」
https://japansif.com/wp-content/uploads/2021/08/GSIR2020%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E8%A8%B320210820%E6%9C%80%E7%B5%82.pdf
注3:環境省・経済産業省 「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン(ver2.4)」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/tools/GuideLine_ver2.4.pdf
次回につづく..
【前回の記事】ESGロジスティクス モーダルシフトの効果と課題
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