改正貨物自動車運送事業法「標準運賃案の告示」による荷主企業への影響

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田代 三紀子

船井総研ロジ株式会社 執行役員 兼 コンサルティング本部 副本部長

製造業・小売業を中心とした荷主企業に対して、物流戦略策定の支援を行い、物流拠点の見直し、コスト削減策の提案、物流コンペの支援を数多く行ってきた。また、物流子会社に対しては存在価値、あるべき姿の策定、他社との競争力評価(物流子会社評価)を行っている。得意なカテゴリーは、化学、日用雑貨など。また、物流をテーマにした数少ない女性コンサルタントとして、脱炭素、ESGロジスティクス実行に向けた研修やコンサルティングを行っている。

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改正貨物自動車運送事業法とは

国土交通省は、2020年2月27日に改正貨物自動車運送事業法(2019年11月1日施行)の4本柱
1.規制の適正化
2.事業者が遵守すべき事項の明確化
3.荷主対策の深度化
4.標準的な運賃の告示制度の導入

のうち、最後に残されていた4番目の「標準運賃の告示」について発表しました。

改正貨物自動車運送事業法とは、トラック運送業の担い手であるドライバー不足により日本国内における重要なインフラである物流が滞らないよう、ドライバ―の労働条件を改善するための措置として講じられました。
また、2019年4月1日より施行された働き方改革関連法による時間外労働時間の上限規制が導入されました。ドライバ―に関していえば、施行後5年間は猶予期間として扱われ、実際の上限規制の導入は2024年4月1日からとなります。

このような状況を踏まえ、長時間労働が常態化しているトラック運送業界において、長時間労働を是正する取組を進めドライバーの担い手確保を推進することも、法令改正の目的の一つでもあります。

改正貨物自動車運送事業法の論点は以下のとおりです。

1.規制の適正化

運送会社が事業を行うにあたり、法令違反した者の参入の厳格化、事業継続計画や資金面の運用に問題がないかということが重要になります。
また、運送業務が適正に行われるよう運送における対価と運送以外の役務提供における対価と作業を明確に区分し適正料金を収受できるようにする必要があります。

2.事業者が遵守すべき事項の明確化

下記の4項目がポイントになります
・国の定めた基準でトラックの点検や整備が行われているか
・保有するトラックを収容できる車庫を備えているか
・納付義務のある保険料および貨物に関し支払う可能性のある損害賠償の支払い能力があるか
・ドライバーが安全、安心して業務に従事できる体制が明確になっているか

3.荷主対策の深度化

ここで示す「荷主」とは、元請事業者や発・着荷主も含まれます。運送会社の自助努力だけでは働き方改革・法令遵守を進めることは困難です。
例えば長時間労働につながる、荷受荷卸し先での恒常的な待機時間の発生はドライバーの拘束時間が長くなり、過労運転につながるおそれがあります。荷主へ改善要請をしても改善されない場合は荷主名の公表を行う場合があります。

4.標準的な運賃の告示制度の導入

運送会社が必要な対価を収受できるよう、標準運賃案を国土交通大臣が定め、告示しました。告示された案をもとに外部委員で構成された運輸審議会で議論し、4月2日に予定されている公聴会において一般事業者や関係各団体より意見を受けます。
この内容を踏まえ、運輸審議会からの結果を受けて国土交通省より正式に告示することとなります。この標準運賃に強制力はなく、また、2023年度末までの時限措置となっております。

運送事業を支える中小規模の地場運送会社

運送会社が運賃交渉において強気に出ているという話も聞きますが、それは一部の大手事業者に限ったことです。
貨物自動車運送事業者のうち、車両台数別でみると、10台以下の事業者数は全体の6割近く(※1参照)、従業員数別でみると、10人以下の事業者は全体の約5割(※2参照)を占めていることからすると、トラック運送事業の大半を支えているのは中小零細の地場運送会社であることが分かります。
中小零細の運送会社は荷主又は元請大手物流会社への交渉力が弱く、コストに見合った対価を収受し難いということが想定されます。
そこで、告示された標準運賃を提示して、荷主との運賃適正化交渉を進められることが想定されます。

国土交通省提示の「標準運賃」の水準とは

この度告示された標準運賃は輸送契約のうち多くを占める「貸切運賃」を想定し、各地方運輸局別に標準運賃を提示しております。「距離制運賃」「時間制運賃」他、特殊車両や時間外により発生する「運賃割増率」、「待機時間料」等が記載されております。
標準運賃案(関東運輸局)は以下のとおりとなります(※3参照)

※3 関東運輸局 距離制運賃表

標準運賃と市場の水準運賃(※2020年3月現在の船井総研ロジ分析値)と比較した場合の増減率(※4参照)は以下のとおりとなります。

※4 標準運賃(関東運輸局)と水準運賃の比較

水準運賃を100%とし、標準運賃と比較した場合の比率を走行距離に応じてグラフに表しました。100%を下回る場合は、標準運賃は水準運賃より廉価、逆に100%を上回る場合は、割高であるということになります。

グラフで示したとおり、標準運賃は水準運賃より割高の設定となっております。
車種別で見ますと小型車と中型車は近距離圏で運賃のバラつきがありました。しかし、それ以外はほぼ双方同等のアップ率を推移しており、水準運賃と比較して152%となっております。大型車、トレーラーは小・中型車と比較するとアップ率の幅は小さいですが、大型車で127%、トレーラーで116%となっております。全体では137%でした。

関東(埼玉県川越市)~関西(大阪府茨木市)間において大型車で運行した場合を例に比較して見てみましょう。輸送距離は約550km、標準運賃は200kmの74,880円から、200km超えると加算される運賃を足すと、168,860円であり、水準運賃と比較すると47,120円増(139%)となり、割高な印象がより実感できることかと思われます。
※実相場運賃は水準運賃より更に廉価である

「標準運賃」告示による荷主企業の対策

市場の水準運賃と比較すると標準運賃が割高であることが、ご理解いただけたかと思います。運送会社がこれまで躊躇していたが、国から提示された標準運賃という強力な武器を手に運賃交渉を試みる可能性があります。

その場合、荷主企業として、予め自社における運賃の実態を把握しておくことが重要です。単純なことかもしれませんが、これだけ物流業界の変化がメディアで多く取り上げられている中、いまだに「 自社で契約している運賃タリフを見たことがない」「タリフの存在自体を知らない」「運賃交渉は物流部に任せっきりである」という話を聞くことも少なくありません。これらは、荷主企業が如何に物流コストを気にせずにトラックを手配していたかという実態を示しております。

これでは、運送会社からの値上げ要請に対して、判断をすることができません。どのような運送(距離、重量、輸送する製品の荷姿、輸送以外で発生する付帯作業)の依頼をすることで、どれぐらいの物流コストが現状発生しているのか把握するべきです。今からでも遅くはありません。

まずは自社の運賃を把握すること、最後に料金改定を行った時期はいつか、それらの情報を把握したうえで、運賃交渉に臨むことが必要です。

「標準運賃」が意味する社会的背景と運送会社が遵守すべきこと

運賃値上げというのは、現状の運賃実態では原価+収益を確保し、事業継続が困難であるというところからきています。
原価の中に含まれる内容を見ると、運送会社の商売道具である車輛本体の費用だけではありません。日々必要な燃料、維持するためのメンテナンス、老朽化した場合には車輛の新規購入や、環境対策を考慮した車輛への代替などの費用が必要になります。募集広告費や安定雇用の為の福利厚生費も決して少なくはありません。
視点を変えるとドライバーが安全に運行できるよう教育や指導にも費用が必要になります。トラックの整備不良やドライバーの安全教育を怠ると、大事故につながり非常に社会的影響の大きいことであることを認識する必要があります。

また、全産業と比較して低水準の賃金であるドライバー職に、より多くの担い手を増やすためにも給与面での魅力をあげることも必要です。現状において適正な水準の運賃を収受できていない中小零細の運送会社においては、魅力ある給与の提示どころか、社会保険等の未納付という事態を招かざるをえません。資金繰りの厳しい運送会社ではこのような実態がみられたこともあります。

必要な設備の準備や整備、しかるべき保険料の納付等が行われないと、最悪の事態、運送会社は違反勧告を受け、業務停止となります。つまり、荷主企業においてトラックの手配ができず、モノをお届けできないという事態につながります。
運送会社が「トラックを運転し、モノをお届けする」というサービスを提供するうえで重要なことは安全対策・環境対策・法令遵守です。これらを実現するためには、適正な運賃の収受が必要不可欠です。

まとめ

この度、国土交通省から提示された「標準運賃」は「市場の水準運賃」と比較して割高となっています。つまり水準離れした運賃であることから、運送会社は運賃交渉時に実際に使用するのかどうか、使用できるのかどうかというところが今後の注目ポイントになるかと思います。
また、運送会社より運賃交渉の要請を受けた荷主企業は、自社の運賃形態・物流実態の把握を踏まえたうえで、どのように落としどころを見つけるか、非常に難しいと想定されます。
運送会社から提示される運賃は旧運輸省公示のタリフを現在もなお使用しているケースが多くあります。例えば、「平成2年タリフ基準の120%」「平成7年タリフ上限の90%」といった、ベース運賃に対して、上限・基準・下限、さらに増減率が加味された形で運賃が提示されることが少なくありません。「標準運賃」として提示された運賃表も、結局は荷量や繁閑の時期に応じて、増減率を掛け合わせた形で使用される可能性もあるのではないでしょうか。

今後、関係者による議論を経て、国土交通省より標準運賃の最終案が告示されます。荷主企業の交渉に「標準運賃」がどのように使用されるのか、対する荷主企業は水準運賃との差をどのように受け止めるのかが今後の注目です。

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